聖戦物語 奇跡が紡ぐ序曲~overture~
 アルジスは眩しさを和らげるために片腕で視界をかばいながら、空を仰ぐ。その視線を彷徨わせた先に、数羽の鳥を発見し、アルジスは光を庇うために使ってはいないもう一つの腕を持ち上げる。


 彼の指先から投擲された魔力が、鳥たちを襲う。予想だにしない攻撃に鳥達は数秒ふらついた飛び方をしたが、やがて危なげない飛行の様子を見せ始め、そのまま四方へと散っていく。


「――――暫く、『目』を借りる」


 鳥達の姿が見えなくなると、アルジスは窓際から離れ、部屋の中を見回した。ガラス製のグラスを見つけ、それを手にとってぽつりと何かをつぶやく。


 瞬時、グラスの真上に球体の水の塊が生まれ、軽やかな音を立ててグラスの中へ少しずつ流れこんでいく。塊がすべてグラスの中へ注がれると、アルジスは指先を水につけた。


 波紋が広がり、グラスの中の水が振動し始める。アルジスはその様子を微動だにせずに見つめていたが、それが収まるとそっと手を引いた。


「―――顕れろ」


 詠唱ではない、命令ともいえる言葉に。―――グラスの中の水面が変じた。


 透明な液体が映しだしたのは、遥か上空からの映像。―――鳥達に幻術を放ち、微睡みに沈んだ鳥の肉体の主導権を一時的に手中に収めたために出来る芸当。いわば、自在に操れる監視者とでもいうべきか。


 使い方を誤れば、禁術になるその魔法は、アルジスもあまり好むものではない。しかし、自由に動けない以上、最も簡単に情報を集めることのできる方法ではあった。


 こちらも長い間彼らの意識を眠らせているつもりはない。今日の試験が終わるまでの間、彼らには夢の世界で過ごしてもらうだけで、以後の肉体の支配権は手放すつもりだ。
< 129 / 132 >

この作品をシェア

pagetop