聖戦物語 奇跡が紡ぐ序曲~overture~
 緩やかに紡ぎだされる旋律は、亡き者を送る鎮魂歌。細く高く響くその歌声は、どこか切ない余韻を残しつつも、生徒たちの耳朶に子守唄のように滑り込み、優しい夢の世界へと旅立たせてくれる。


 その切ない旋律が紡ぎだされるのは、学院の女子寮―――その中の、一番奥にある一室からだった。


 きめ細かな漆喰を塗りたくった壁を、寮にしてはやけに華々しい天蓋付きの寝台が隠す。その天蓋の布は時間を掛けて綿密に縫い込められた百合の刺繍が入った水色の紗。


 その寝台の向かい側の壁には一面の花畑に囲まれて遊ぶ少女の様子が描かれたタペストリーが掛けられ、蔦花模様の本棚には、精緻な細密画で彩られた本が入りきらず、数冊その横に重ねて置いてある。


 柔らかな印象を受ける木目の美しい机に広げられた、多くの教書と言葉を書き散らした洋紙の傍に、蓋の閉められたインク壷と、まだ先端のインクが乾ききっていないペンが転がっている。


 それらすべての持ち主は、まだあどけなさが際立つ少女だ。


 金糸の髪を背に流し、膝を抱え込んで窓際まで運んだ椅子に腰掛け、夜着として純白のドレスを纏い、深い哀切を宿した瞳を空へと向けていた。縷々として続く歌声の合間に響いた小さな音に気づき、彼女が視線を動かせば、傍らへ擦り寄ろうとやってきた白猫が一声鳴く。その猫へと手を伸ばすと、その手をぺろりと舐めた後頬ずりをする猫に、少女は淡く笑んだ。




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