聖戦物語 奇跡が紡ぐ序曲~overture~
 ―――せ。……の、お……の、こ……を!


 がばりと起き上がり、彼女は額に浮かぶ汗を拭った。ふと窓のほうを見れば、まだ真円に近い月が空高い場所からひっそりと地上に光を振り落としている。どうやら、さほど眠れなかったらしい。


 まだ休み足りない身体だが、脳裏に焼きついた夢の残像が頭を離れず、どうしても眠気が甦ってこない。


 仕方なく寝台から降り、肌寒い空気に身を晒す。金糸の髪を無造作に肩から払い除け、少女は静かに息をついた。


「……いったい、なんだったのかな…」


 夢にしては、随分と現実染みていたし、その夢を見てから身に襲い掛かる、駆け上がる気持ち悪さによる吐き気や、震え上がるほどの背筋の寒さが、まるで今にも自分がその夢を現実で体験したような錯覚すら起こさせる。


 嫌な記憶を振り払おうと少女はかぶりを振り、続けて気分でも変えようと思い至って、窓に手を掛けた。


 ―――見つけたぞ、やっと。『対』の人間。


 ふと、聞き覚えのない声が駆け抜ける。思わず周囲を見回すが、自分と猫のルーナくらいしか、この場にいない。いったい、今のは。


 思わず考え込んでしまう少女の視界の端で、何かが光る。はっとなってそちらに視線を合わせた少女は、同時に目を大きく見開いた。慌てて窓の鍵に手を掛けて、一気に窓を開け放つと、窓枠に手を掛け、部屋から身を乗り出す。


「きゃっ……」


 小さな悲鳴を上げて少女は目を眇める。その視線の先には水が渦を巻いて巻き起こり、轟音をいくらか立てた後、ゆるやかに収束していく。




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