聖戦物語 奇跡が紡ぐ序曲~overture~
 いったい何なのかと胡乱な顔をする少女がその水の流れが完全に落ち着いた後、そこに残された何かをようやく見つけた。


 ざっと血の気が引く音を聴き、遅れて震えそうになる身体を叱咤して椅子の背もたれに無造作に掛けてあったウィステリア色をしたカーディガンを羽織り、寝台の上に転がっていた毛布を数枚掴み取る。部屋の扉の鍵を開け、布団を両手に抱きしめて、裸足のまま廊下に出る。


 ぺたぺたという足音を立てながら、彼女は全力で疾走する。靴を履くことも忘れて出てきてしまったが、深夜である今に靴音を響かせれば誰か起こすかもしれなかったことに気づくと、履いてこなくて正解だっただろうかと頭の片隅で思った。


 寮の玄関までたどり着き、裸足のまま外へ出ようとした矢先、くんっと右足のあたりの布を引っ張られてつんのめりそうになって、少女は慌てて体勢を立て直す。


 慌てて下を見下ろせば、夜着に爪を立てて引き止める見慣れた白猫がいて、その口元には、使い古された靴がしっかりと加えられている。


「ルーナ、持ってきてくれたの? ありがとう」


 塞がった手をどうにも出来ず、とりあえずにっこりと笑って感謝の意を述べれば、機嫌良さそうに身を捩らせた猫は少女の足元に靴を落す。靴にやや乱暴に足を突っ込み、左手で毛布をなんとか抱えあげて右足を浮かせる。下へ伸ばした右手で靴を探り当て、履き潰してしまった踵を直す。もう片方の足も、同じような要領で直してから、少女はついに駆け出した。




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