聖戦物語 奇跡が紡ぐ序曲~overture~
「………誰の差し金だ」


 先ほどまでのどこかぼんやりとした口調とはほど遠い、見も凍らせるような冷たい声音で吐かれていく、警戒を孕んだ口調。


 首筋に当てられた懐剣が、つぅと肌を傷つけないような絶妙な具合で滑る。皮一つ切らないその力加減は、彼が刃物の扱いに長けていることをサリアに痛感させた。


「………もう一度聞く。おまえは誰の差し金だ? 兄か。それともあの女か」


 恐怖で背筋に氷塊が滑っていくような感覚すら覚えた。喉から出てくるのは吐息だけで、声はひとつも言葉にできない。


 やがて、サリアはぼろぼろと溢れる涙を止められなくなった。目を見開いたまま零れる涙が視界を滲ませていく。


「………泣いて命乞いする気か。何人もの人間を殺してきた外道が、今更何を怯える」


 殺してきた。外道。


 自分の生活とは縁のない言葉の数々に、サリアは戸惑う。………彼は、一体何を言っているのだ。


「し、知らない。誰も殺してない。私はただ、あなたが倒れてたから――――」


「知らぬ存ぜぬは通じないと言っている!」


 怒号が背後から襲いかかり、ついにサリアは体を凍てつかせる。
< 23 / 132 >

この作品をシェア

pagetop