聖戦物語 奇跡が紡ぐ序曲~overture~
「………昨日は人に刃物を向けたのに、今日はなんだか捨てられた子犬みたい」


 ……形容がなんだか可愛らしいものだったので馬鹿にされたような気がしたが、彼女の笑顔に毒気を抜かれたかのように文句を言うことが出来なくなった。


「でも、私の力はあまり大きなものではないから、動けるようなら医務室へ行きましょう?」


「―――それは、できない………です」


 彼女の言葉に思わず反応して出た言葉に、とってつけたように言葉を付け加えた。何か不味いものでも食ったかのような苦い顔に、少女は首を傾げる。


「どうして? あなたの傷は、私には―――」


「傷の治療を整った設備で受けるよりも! 自分が此処にいると信用できない他人に知られたくはない!」


 敬語を忘れた荒々しい口調に、少女が目を瞠った。暗い炎を宿した目が、射抜くような鋭さで少女の動きを止める。


「俺は、今生きていることを、此処にいることを知られてはいけない」


「え……」


 誰かに伝えにいくことすらさせないとでもいうように、少女の腕を少年は掴む。


「俺を殺したがっている奴らの思い通りにさせるわけにはいかない―――!」


 強い口調に、眼差しに、力に。―――何一つ、逆らえる気がしない。


「頼む―――いや、お願いします」


 冷静さを取り戻した口調が、再び丁寧になって少女の耳に言葉を届けた。


「自分のことは、どうか誰にも言わないで―――」


 それは、ひとつのはじまり。


 心優しき少女が、ひとりの少年に囚われた悲しい物語の―――…。
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