聖戦物語 奇跡が紡ぐ序曲~overture~

第一楽章

 帳が空を覆い尽くす中、小さなきらめきだけが浮き立って、柔らかく地表に光を注いでいる。朔の夜である今夜は、いつもより数段静寂に満ちていて、どこか寂しい。それを、不穏な空気が打ち消すかのように漂っていた。


 ヴェーネ王国、首都セイレム。そこに聳(そび)える王城は、星々の光だけで照らされることは無いが、王城を囲むように灯された松明が、美しいその景観を赤く染め上げている。だが、今夜はまるで今にも朽ち果てるかのように生気を感じさせてはいなかった。その代わりのように不穏な空気が王城を覆いつくし、王城の存在を朧気にさせている。


 国同士が華やかな祝宴を挙げるために使用される、複雑な紋様の描かれた、白檀の扉の先―――城の二階にある大広間は、普段から貴族たちの娯楽とされる舞踊会や披露宴で活気に覆い尽くされ、本来なら今夜も隣国である公国の侯爵が愛娘と称する第一公女の社交デビューが執り行われる予定だった。―――しかし、ひとりの男の野望がそれを阻んだ。


 どこか不気味さを漂わせるその夜、いつものような華やかな雰囲気を全て取り払った大広間が広がっている。華やかさが欠片も見出せないのは当然だ。この国の象徴ともいえる剣と朝露を零す薔薇の刺繍がほどこされた布が四方の壁すべてから取り除かれ、いまや何の変哲も無いただ無機質な白だけが際立っている。


 アーチ型の天井の近くに取り付けられた、円形に切り取られた窓―――そこを分厚い硝子が外気を遮断する代わりに、穹窿に浮かぶ星の光を透かして大広間に差し込んでくる。そんな場所で、ひとりの少年は大勢の兵士たちに囲まれ、さまざまな種の武具を突き立てられていた。だが、彼は冷や汗をかくわけでもなく、寧ろゆっくりとした動作で周囲を見回し、首をすくめた。
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