聖戦物語 奇跡が紡ぐ序曲~overture~
「……幻術は得意な方なんだ。だからこの程度は造作もない」


 ―――造作もなくそんなことをやれる時点で普通じゃない!


 思わず声にしかけるが、大声を出して誰かが来ないとも限らないということに思い当たり、ぐっと喉を詰まらせた。


「……そ、それで、その幻術はフィフスの所まで騙し切れるの?」


 彼の行動を見れば、目的のものが見つかるまできっと奥に進むことを止めないはずだと思い、そう尋ねたサリアは、あっさりと縦に首を振ったアルジスを見て、彼の魔法使いとしての格が高いことを理解した。


「それより、この魔法を維持できる状況にあるうちに、なるべく奥の方の文献を漁ったほうがいい。ファーストもセカンドもたいていは魔法使いとしての基礎的な呪文や属性のことくらいしか書かれたものがなさそうだからな」


 重要文献は、フィフスに多くあると見ていいだろう―――…。


 そう暗に含めた言葉に、ごくりとサリアの喉が鳴った。見たこともない図書館の奥に踏み込めるという事実が、見つかってしまったときの厳罰注意を受ける恐怖を煽る。しかし、自分のことなのに彼一人に任せてしまうのは申し訳なくて、引き返すと言うこともできない。


 彼の幻術効果範囲が限定されていることに思い当たり、ふとしたことで彼から離れてしまわないよう、彼の衣服の裾を掴む。


「……サリア?」


 そんな小さなことを、不安に思っているように見えたというのか。どこか気遣わしげに声を掛けられ、サリアは精一杯の笑顔で応える。


「だ、大丈夫だから」


 もう少し自分に冒険心があれば良かったと思う。そうすれば、恐怖よりも好奇心が勝って、彼の傍を嬉々としてついていくような楽天的な考えを持てていただろうに。


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