聖戦物語 奇跡が紡ぐ序曲~overture~
 宙に躍り出た体が地上へと着地すると同時に、再びやってくる攻勢の騒音に、守勢を貫かねばならない彼を嘲るように見つめる兄の姿に、彼は歯噛みする。それでも唇から呻きも弱音も零さずに兵士たちの攻撃総てを受け流す。かなりの精鋭を集めてもいまだたった一人で見事にあしらう少年の剣術は、彼の死を心の底から切望する兄からすれば、苛立ちを煽らせるものでしかない。もちろん少年からしてみれば、此処では負けられないという何度も胸中で唱えて必死に抗っていたに過ぎない。


 ―――いくら傷つけようが、死なない限りは大丈夫。


 強く自分に言い聞かせ、血風を巻き起こしながら彼は兵士たちをなぎ払っていく。数はまだ充分に勝っているものの、彼の死に物狂いの抵抗に、流石の青年も息を呑む。


 それでも数の勝る精鋭による攻撃で幾らか傷を受けながら、何度目かの攻撃を掻い潜り、少年は床を蹴る。宙へと躍り出た体は、地上で多くの兵士と対峙していたときとは違って、軽い。


 中空で魔力を足元で爆発させ、地上に降り立つことなく更に上空へと飛び上がった少年を妬ましげに見つめる青年の思いに応えるように、兵士たちは彼を失墜させようと再び弾丸と矢を放たせる。


 それに気づいた少年は、魔力を結集させて防壁を作り、総てを跳ね返す。払い除けられて落下を始める弓と弾丸の雨が、幾らかの兵士たちに直撃した。


 一気に戦力を削がれた青年が、ぎり、と歯を軋ませる。


 殆どの攻撃を防ぎきり、少年は安堵の息をつく。しかし、空気を切るような音に気づいて瞳を凍てつかせた。代わりに彼を見上げていた青年の瞳に歓喜の色が広がった。


 矢と弾丸の合間を縫って放たれた一本の槍が兵士の中のひとりによって投擲されたのだろう。程良い均衡を保って見事に少年の下へと近づいていくその槍は、まさに青年の瞳に少年がその武器を身に受けてその背に赤い羽根を散らす姿を鮮明に映し出させる―――はず、だった。
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