聖戦物語 奇跡が紡ぐ序曲~overture~
 ………どうして、あんなことをしてしまったのだろう。


 寝台の上。ジェイドグリーンの夜着を纏い、寝転がるサリアは視線を滑らせ、自分の生活に突如入ってきた美貌の少年が眠る姿を瞳に捉える。


 酷い怪我だったというのに、彼自身の生命力の強さに助けられ、サリアの毎日の法術の力で少しずつ癒えた傷は、後遺症こそないものの、一生残るやも知れぬ古傷となった。


 それでも彼は充分だと笑い、古傷を甘んじて受け入れている。………こちらは、未熟な腕ゆえに完全に治癒できなかったことを悔いているというのに。


 そんな彼の優しさが、胸に痛かった。彼の力になれないで、こちらの世話ばかりを焼いてもらっている。―――それが虚しかった。


 その理由は何かと、言われても言葉には出来ないだろう。ただひとつ言えるのなら、何故もっと自分に力がないのかという思いが、彼と出会ってから少しずつ、膨らんでいっていることだけ。


 けれど、不快ではないこの気持ちに、名をつけてしまうのが怖かった。……付けてしまったとたん、彼と過ごすこの空間が、どう変わってしまうのか、考えるだけで恐ろしくて。


 臆病だと言われてもいい。思われてもいい。それでも、彼と過ごすこの心地よい空間を、せめて彼がいる間は、保ち続けていたかった。


 ………気持ちの招待を知って、別離を受け入れられなくなりそうな心に、目を背けていたかった。
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