聖戦物語 奇跡が紡ぐ序曲~overture~
 夢の中で彼が呼んだ、その名前の人物。男か女かも知れない、その相手に。


 沸き起こった、底知れぬ気持ち。その気持ちの名前が、分からない。―――はじめて、感じた気持ちだから。


「………どうして…」


 ―――こんな気持ちに、なるの?


 夢の中でも彼の心に巣食うその存在が、彼に求められるその存在が、―――彼にそんな存在がいたという事実が。………複雑で、雲のように実態のない存在でありながら、感情として確かに心の中に住みついている。


 分からない。分からない。――――分かりたくなんか、ない。


 かたかたと震える指先を見つめる。正体も知れない気持ちが、怖い。


 ―――知りたく、ない。


「………わた、しは……」


 顔を両手で覆った。その手の冷たさが、火照った顔の熱を冷ましていく。
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