傍においで
俺は息が止まるかという程驚いた。
そして、彼女もまた、大層驚いたようだった。
恐らく、彼女は俺に聞こえるはずは無いと思っていたのだろう。
俺も、声まで聞こえるとは思わなかったので、その事にも仰天させられた。

「あなた…私が見えていたのね。」

そう言って、彼女は映画や小説の中の幽霊達とは違って、恥ずかしそうに両手で顔を覆った。
彼女は意外と普通の女の子らしい。
そして、彼女の口振りからすると、俺の事を個人で識別して見る程度には意識しているようだ。

「…俺の事…知っててくれてたんですか?」

期待から声が少し震えた。
彼女は顔を両手で覆ったまま、黙っている。
じれて俺が彼女の居る滑り台の下に近付くと、彼女は少しだけ開いた指の隙間から此方をチラリと垣間見た。

「君…小学生の頃にリコーダーを吹きながら帰って、途中で煙草屋のお爺さんに怒鳴られた事があったでしょう?」

漸く話してくれたかと思えば、俺は彼女の発言にギクリとしてしまう。
あれは、小学校三年か四年の時だった。
俺はリコーダーを吹けるようになったのが嬉しくて、自分でも恥ずかしい程に浮かれていた。
確か吹いていた曲は…。

「そう、曲はカノンだったわ。」

彼女がピシャリと言い当てて、俺は余計に気まずくなった。

「とっても下手だったから、よく覚えてる。」

そして、彼女の素直な感想に、俺は軽く次元を越えてしまいたい位に落ち込んだ。
これはまた、随分と間抜けな所を見られたものだ。
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