短ペン集
「あっ、咲子さん」

「はい」

「あのね、車の後部に誰かいない?」

「誰かって……」

「ほら、今、また見えたよ」

 信太郎が叫ぶ。

「咲子さん。男の子がこっちを覗くの」

「はぁ……」

「孝夫さんに言って、ちょっと車、止めて貰ってくれない?」

 梶原の車が、路肩に寄せて止まった。信太郎も、その後ろに止める。

 太陽はもう殆んど落ちかけていた。

「どうしたんだよ。完全に日が暮れてしまうぞ」

 梶原は車を下りて、近寄ってきた信太郎に言った。

「ああ、すまないな。しかし、お前の車に、男の子が乗っていないか」

「バカ言うなよ。後部は荷物だけだよ」

 梶原はハッチバックを開けた。

 雑多に押し詰められた、キャンプの荷物しかない。

「誰もいないよ」

「おかしいな……」

 みどりも車から降りてきて、確認する。

「おかしいわねぇ……。私も見たのよ」

 ほどなく、二組の夫婦は、再び出発した。今度は梶原に代わって、信太郎が先導した。

 全く人気の無い山道を、二台の車が走って行く。

< 11 / 15 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop