短ペン集
 走り出してから、暫く、信太郎とみどりは、無言になった。


 沈黙を破ったのは、みどりの方だった。

「確かに見えたのにねぇ……」

 思い出すように呟いた。

「本当かどうか知らんが、梶原が居酒屋で、こんな話をしていたよ」

 信太郎は、横顔のまま言った。

「……どんな話?」

「車を買った時の梶原の話だが、あの車は、事件に使われた車だそうだ」

「事件って?」

「最初は車の盗難事件だったそうだ。それがね、車の持ち主である父親を驚かそうと、コッソリ男の子が忍び込んでいたらしいんだよ」

「うん、それで?」

「その事に気付かずに車を盗んだんだが、山奥に来てようやく犯人も気付いてね」

「うん……」

「男の子も、どこに連れて行かれるんだろうと、後部の窓から眺めていた訳さ」

「……うん」

「犯人は車を止め、男の子を降ろそうとしたんだけど、大声をあげて抵抗してね。山奥だから、誰も気付きもしないのに、犯人は慌てて男の子の口を塞いで黙らせたそうだ」

「……」

「そうしたら、男の子がぐったりとしてね、犯人は車の盗難だけでなく、殺人まで犯してしまったんだ」


「それ、本当の話なの?」

「犯人は自首したけど、車は持ち主に返された。冷たくなった息子の死体と一緒に……」

「怖い……」

「その事件があった場所が、偶然にもこの付近だった気がするよ」

 信太郎がそこまで話した時、みどりは完全に震えていた。

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