めあり、ほんとうのわたし
雨の中にたたずむ昭和初期の文化住宅。

椿を垣根代わりにしているのが、視覚的な古さをより高める。

仰々しい木彫りの『諸川形成外科医院』の看板は、院長の諸川道雄が趣味でつくったものだ。

めありはこんなオンボロ病院を、二週間に一度、投薬のために訪れる。

病院のある、枯れた雰囲気の住宅街の庭先に植えられた紫陽花たちが、そろそろ咲きはじめそうだ。


諸川曰く、この古さが「ヤブ医者っぽさ」なのだそうだ。

そして、そのヤブっぽさと実際の技術の高さの追求が、彼の経営方針だと言う。
 
「ヤブのフリしとったら、あんまり近所の人が寄ってこん。うちの患者さんは、なんちゅうか、どっか後ろ暗いもん持ってる人が多いからな、都合がええやろ?」

めありの世界では、若くして名医の評判高い彼が、初診のときに口にした言葉だ。


声が似ている。


話の内容より、めありは、諸川の声に反応した。


「バンビちゃん、元気?」

彼は、目鼻立ちのはっきりした一昔前の俳優顔をめありに向けて、口元に八重歯をちらつかせながら、にこやかに高校時代からの友人の消息を聞いた。

普段は淡白で冷徹なアンヌ・マリィには似つかわしくない愛称で、諸川が彼を呼ぶたび、めありは誰のことを指しているのか一瞬考えて、それから改めて返事をしてしまう。

「相変わらず忙しいようですが、変わった様子もありませんよ」

「やっぱりあいつは機械仕掛けやからな。きしむとこに油さしゃ、すぐ治んねや。俺や、めありちゃんとちごてな。じゃあ本題の、めありちゃんはどない?」

「わたしもあまり変わりません。もうちょっと、ここ、がおっきくなるといいんですけど……」

照れくさそうに、胸のあたりをおさえて、めありは微笑んだ。

「そう? めありちゃんみたいな体型やったら、あんまりおっぱい大きいとバランス悪いで。確かにホルモンだけでめちゃおっきなるコもおるけど、俺はそのぐらいがええと思うけど」

「でも、これじゃ、まだまだ男の胸です……」

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