めあり、ほんとうのわたし
『彼女』の腹にナイフはいとも簡単に入った。

めありは貫いた身体を、勢いと、体重をかけて、そのままクチナシの花の壁へと埋めこみ、ナイフをかたむけて、最期の仕上げに腹に空気を入れた。

白い空間を朱で染めながら、ひとだったものは、地に崩れ落ちていく。

自分の頬をつたうのが、涙なのか、雨なのかわからない。


めありは未だに、死んでいく人の眼をまともに見ることができない。

いくらこころがすでに死んでいる、とはいえ、めありは誰一人として、笑いながら死んでいったものをみたことがない。

むしろ、末期の一瞬の彼らには、その眼に後悔の色が浮かぶことがある。

後悔に気づけば、力がゆるむ。

気づきたくないから眼を見られないのだ。


数分間、血と雨に濡れながら、めありはナイフに預けた体重を解放しなかった。

土に血がじわじわと染みこんでいき、めありの手には腹圧のせいで吹き出た腸が、でろりとからんでくる。

それでも、めありは動かなかった。

 

クチナシの花びらが、醜く腐りはじめた花びらが、めありの血まみれの手に、はらり、と落ちた。


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