めあり、ほんとうのわたし
「わたしは、ひとつだけ、聞いていいですか」

めありはゆっくりと、布団の安らかさから決別し、闇にまぎれているマリィをみた。


「マリィさんには、欲しいものってありますか? お金や、地位や、そんなものじゃなくて」


タバコの火が蛍のような残像を見せながら、マリィは窓際まで行き、ゆっくりと窓を開けた。

水とクチナシの匂いが部屋に静かにまぎれこむ。

「ひと、らしいものが、欲しくはありませんか?」

風がマリィの肩口までの髪をあおる。

彼にしては珍しく、一度くわえたタバコを、離そうとしなかった。


「俺はお金も地位もなんにもいらないよ。これはただ、ひとからもらったものだ」

「じゃあそのもらったもので、ひとの人生をいじくりまわして、遊ぶのを見ているのが好きなだけなんですね」

暗闇でお互いの表情が見えない。

「昔、どうしても欲しいものがあった。欲しいもの、というか叶えたい願いがあった」

「ふぅん」

「でも、もうそれは叶わないことだし、もう叶えることもできない・・・・・・。今日みたいな雨の晩だったよ。クチナシの盛りが終わりを告げる、そんな時期に、全部終わったんだ」


「だから、嫌いなんですか? クチナシが」


アンヌ・マリィはそれに答えずに、黙って部屋を出て行った。


ドアが閉まると、まためありは独りになった。

窓から吹きこむクチナシの香りが、めありの髪を通り抜けていった。
 

その匂いに誘われて、めありは一粒、涙を流した。


【END】
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