めあり、ほんとうのわたし
めありが大通りに出ると、ほどなくして一台のタクシーがやってきた。

ナンバーを確認して手を上げる。乗り込むと運転手は行き先も聞かず車を出した。

車は雨の中を押し黙るように走り、オフィス街から繁華街へと車外の景色が変わる頃、めありのほうから運転手にやっと行き先をつげた。

どこに行こうか考えて、結局自宅へ向かうことにした。

「めありさん、ですよね? 『ガニュメデス』でショーを拝見したことがあります」

運転手がめありに声をかけた。

「ありがとう・・・・・・ございます・・・・・・」

まだいつもの自分に戻ることができたことを、信じられないめありは、口ごもるように礼を言う。

運転手の言葉に、そういえば、マリイが一応用意した、めありの表の仕事は、自分の経営するクラブのショーダンサーだったことを、他人事のように思い出す。


心ばかりか、窓に映っては消える自分の姿すら他人のもののようだ。

ラジオの天気予報は明日も雨だと繰り返す。

めありは深いため息をつく。

車の窓に頬をあてると、体温がそのまま吸い取られていきそうな錯覚を覚えた。


「雨、明日も降るんですか?」

「ええ。そのようですね。」

「この世界のどこかに、雨の降らない場所なんてあるのかしら」


運転手は、黙ったままだった。


遠くでサイレンの音がする。

その音は徐々に近づき、めありの乗る車の横を急いで通っていった。

一瞬、救急車かと思った。


めありの住むビルが見えるあたりで音が止んだので、様子を見ようと窓を開ける。

(わたし、じゃないわよね・・・・・・)

パトカーから、警官が慌ててめありの住居とは違う方角に駆け出すのが見えた。


サイレンの音は好きじゃない。

胸のあたりの苦しさをなだめるため、ゆっくり深呼吸をする。
 

あとは部屋に帰って、化粧を落として、眠る事にしよう。

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