【短編】海に降る雪
「死ぬ前だって、キスなんかしなかったでしょ」
たぶん人に言えば笑われるが、私達は一線も二線も越えていない。
一度、ユウマがせまってきたことはあった。
それはもう野獣のような勢いで。
でも、私に噛み付く直前に、
――や、やっぱ世間の流れに任せてすることないよね、うん!
私ではなく、ユウマの台詞だ。
『だってあのときエーコ、殺人鬼のような目でにらんできたんだもん』
それ以上言うな。私が悪かったから。
「私は別に、してもよかったんだけどね」
『いまさら遅いよ! もうちょっと生きていたらなあ』
生きていたら、こんな会話、なかっただろうな。
『もう遅いけど寝ないで大丈夫?』
「ああー……そうだね。もう寝ようかな」
『それじゃおやすみ。あ、明日、待ち合わせ行かないでよ?』
「しつこいなー、行かないよ。おやすみ」
相手を安心させる嘘なら、きっと悪くない。