黒い羽根


 仏壇に飾られてるのは、三年前に亡くなった僕の父の写真。

「和夫さん……」

 おだやかな声で父の名を呼ぶマリアさんは、本当に懐かしそうな表情。

 そんなマリアさんを隣の部屋からチラチラと横目で見ながら、バイト先に電話をいれる。

「すみません……ちょっと、風邪ひいてしまったみたいで……今日休んでもいいですか?」

「え? そうなの? 店はまあ、大丈夫だけど……平気? 熱は測った?」

 電話向こうで店長が心配そうな声をあげた。

「あ、いえ……まだですけど。背筋がぞくぞくするし、喉も頭も痛くて。お腹もなんだか調子が変だし……」

 めったに風邪なんてひかないのでこういう電話は慣れない。

 思いつく限りの症状を並べてみる。

「そう……病院行った方がいいわね。智彦君一人暮らしでしょ? 大丈夫? 一人でいける? 無理そうなら配達の途中で連れて行こうか?」

「いえ……っ。とんでもない。ただでさえ僕が休むぶん店長忙しいでしょ? 大丈夫。病院くらい、タクシーで行きますから」

 親切な申し出をする店長に慌てて、なるだけ自然に聞こえるよう考えながら断る。

 元々風邪なんてひいてやしない。

 不本意ながらも結局休むことになって迷惑をかける上に、そんな手をかけさせるわけにはいかない。

 いや、むしろ今は来られてしまうと非常にまずい状態だ。


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