『若恋』榊の恋【完】
若が満足そうに言い、りおさんの後ろから口の端だけ上げた。
「はい」
「それだけだ」
踵を返して若が去っていくのを見送る。
「榊さん、またね」
後を追うようにりおさんも奥に消えた。
「お帰りなさい、榊さん」
掛けられた低い声。
普段は前広と一緒にいることが多い一也が、柱にもたれ肩に羽織を掛けて立っていた。
「一也」
「朝帰りなんて珍しいですね」
一也が柱から身を起こした。
「ひかるを温泉に連れて行って来たんですよ」
「…ひかるちゃんを?」
「知り合いの宿でゆっくりしてきたんです」
ちら。
一也の反応を探る。
以前から一也はひかるに対して微妙な反応を示していたことには気づいていた。
ひかるが真っ直ぐ自分だけを向いていたことも知っていたから気にしたこともなかったが。
なかったというより、一也の視線の先にあるものを認めたくなかったのかもしれない。