『若恋』榊の恋【完】
唐突に仁が呟いた一言に心が震えた。
「一也がひかるをねえ」
顎に手を当てて、ふうんと呟いた。
「………」
黙っていたら、仁が肩を叩いた。
「榊は、知ってたんだ?」
「まあ、そうですね」
不意に込み上げる嫉妬。
ひかるを諦めると話した一也が、今見せた熱い視線をどうしても忘れられない。
ひかるを一度抱いて自分のものにして、もう何も怖れるものなどないはずなのに不安が胸に広がった。
「…榊さん?」
名を呼ばれてハッとした。
みんなと一緒に乗ったエレベーターからひとり降りずに佇んだままだった。
「榊さんがぼんやりしてるの珍しいね」
何も知らないひかるとりおさんがクスクス笑う。
「………」
「榊さん?」
ひかるの瞳が覗き込んだ。
真っ直ぐな瞳から逃れたくてひかるの細い肩を抱き締める。