『若恋』榊の恋【完】
奪還
息苦しい。
あまりの息苦しさに胸を掻きむしりたくなる。
肺に穴が空いて酸素が足りないようにさえ感じる。
心臓を鷲掴みにされた方がまだましだ。
「あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
心配そうに彼女が覗き込んで背を撫でようとする手を断った。
喉までせりあげてきたものを気力で押し戻す。
「あなたと…間違えたとはどういうことですか?」
口元を袖で拭い彼女に向き直る。
彼女は少し考えた後で言葉をひとつひとつ選んで話始めた。
彼女は吹田と名乗った。
「わたしの友人の紹介のバイトで恋人のフリをしてくれれば、1日1万円。とりあえずは1ヶ月頼むってことで」
「その友人とは?」
「幼馴染みで、……榊原という名前の男が迎えに行くからと」
「どうしてその幼馴染みが迎えに来なかったんです?」
「そ、それは……」
言い澱んでそして呟いた。
「ひとりではあまり出歩いてはいけない人だから」
「?」
「えっと。極道の息子だから」