『若恋』榊の恋【完】



「よう」


振り向き短く応えてまた桜の樹を見上げる。


「親父が俺に届けに行ってこいとよ」

「ええ」

「うちのボンボンがしっかりものの嫁さんを迎えることができそうなのは、おまえのおかげなんだとさ」


そう言って、肩を震わせて笑った。



「なかなかいいところじゃねえか。ここは」

「そうですね」



榊原との間には会話は要らなかった。

ふたりで桜の樹を見上げる。

4月の爽やかな風が桜の枝を揺らし、もうすぐ春を告げる蕾を眺める。



「何かあったら連絡寄越せってよ」

「ええ」

「じゃあな」

ポケットに手を入れて歩き出す背中に声を掛けた。


「元太と彼女の結婚式はいつですか?」

「秋の終わりだな」


じゃあな、


片手を上げて去っていく後ろ姿を見送る。





ひかるが自分と間違って榊原の車に乗らなかったら、元太と彼女の未来も違うものになっていたかもしれない。



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