七色ライラック




その刹那、揺れる彼女の瞳と視線が重なった気がした。


俺は目の前に立つ女を擦り抜け、その後ろにいる彼女の方へ一歩足を踏み出す。

後ろから何か言われている気がしたけど、聞こえない。


わかるのは歩くたびに鳴る少し乱暴な自分の足音と、耳元で脈打つ心臓の音だけ。

そして視界に見えるのは、彼女の姿だけ。




(映画みたいだ)




彼女以外の人間がモノクロに映る。

そしてその動きすら止まったように見える。


まるで王道の恋愛映画のように。


こんなの作り物のなかだけの出来事だと思っていた。

それをまさか自分が身を持って体験するなんて。


俺が一歩を踏み出すたび微かに震える彼女の体。

しかし彼女がそこから背を向けることはなかった。



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