七色ライラック
(気付いてくれた…!)
もう、今しかない。
せっかく彼がくれたチャンス。
このタイミングを逃したら絶対に声なんてかけられない。
(女は、度胸!)
すぅと深呼吸しながら怖じ気づく自分にその言葉を言い聞かせて、人波のなか一歩を踏み出す。
引き寄せられるように彼のもとへ。
人の間を縫うように歩き、彼の目の前で立ち止まった。
この間よりも更に少しだけ近い距離に心臓が飛び出しそう。
「あ、あの…!」
鞄を握りしめ絞り出して紡いだ声は思ったよりも小さくて。
情けないくらいに震えているのがわかる。
恥ずかしさのあまり彼を見上げることが出来ない。
それでも間違いなく彼は此処にいて。
仄かに香る香水にクラクラした。