蝉時雨





圭織に席が奪われてしまったので
運転席と助手席の間に 身をのりだして
涼ちゃんに話し掛けた。

ちらちらと京介の視線を感じたけど、
気にせず話し続けた。


子供っぽい行動だってことはわかってる。
でも今はなりふり構ってる場合じゃないもん。




でも圭織は終始楽しそうで、
菜々子の必死の対抗なんて
全然気にもとめてないみたいだった。


そのことにまたむくれていると
車内に機械音が響いた。




「‥‥あ、拓から電話だ。
涼太、電話出ていい?」

「んー、だめー」


涼ちゃんはそう言って意地悪そうに笑う。
でもそんなことを言いながらも
手はステレオのボリューム調整のボタンに
向かっている 。


車内にかかっていたBGMの音量が
どんどん小さくなる。
それを確認して圭織が
「ありがとう」と優しく微笑んだ。



涼ちゃんは嬉しそうに笑うと
運転席の横から顔を覗かせる私に
「菜々子、ちょっと待っててな」と呟いた。








ねぇ、涼ちゃん

菜々子は涼ちゃんの
優しいとこ大好きだけど

さっきからさ


それじゃあまるで、
まるで涼ちゃんが―‥‥





それに
ありがとうって言われて
そんな風に笑うなんて







ねぇ、涼ちゃん


涼ちゃんのそんな表情
菜々子は知らないよ。



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