蝉時雨
*
圭織に席が奪われてしまったので
運転席と助手席の間に 身をのりだして
涼ちゃんに話し掛けた。
ちらちらと京介の視線を感じたけど、
気にせず話し続けた。
子供っぽい行動だってことはわかってる。
でも今はなりふり構ってる場合じゃないもん。
でも圭織は終始楽しそうで、
菜々子の必死の対抗なんて
全然気にもとめてないみたいだった。
そのことにまたむくれていると
車内に機械音が響いた。
「‥‥あ、拓から電話だ。
涼太、電話出ていい?」
「んー、だめー」
涼ちゃんはそう言って意地悪そうに笑う。
でもそんなことを言いながらも
手はステレオのボリューム調整のボタンに
向かっている 。
車内にかかっていたBGMの音量が
どんどん小さくなる。
それを確認して圭織が
「ありがとう」と優しく微笑んだ。
涼ちゃんは嬉しそうに笑うと
運転席の横から顔を覗かせる私に
「菜々子、ちょっと待っててな」と呟いた。
ねぇ、涼ちゃん
菜々子は涼ちゃんの
優しいとこ大好きだけど
さっきからさ
それじゃあまるで、
まるで涼ちゃんが―‥‥
それに
ありがとうって言われて
そんな風に笑うなんて
ねぇ、涼ちゃん
涼ちゃんのそんな表情
菜々子は知らないよ。