炭坑の子供たち(1)
母親が、イモの天プラを揚げていると

横で見ている子供達が、揚がるしりからつまんで食べるので

「晩のおかずが、のうなる(なくなる)やないね」

と、長い熱い箸で、ピシャリと手を叩かれる。

そこを、ばあさんがのぞき込んで、言った。

「天プラを揚げてる時は、親が倒れても行くな」

特に火には気を付けろ、と言ういましめであろう。

よく、魚を煮付けたり、焼いたりしていたが

いさきと言う魚は、「いさきの生きぐされ」と言われ

それは、生きている内から、目が濁っているかららしい。

更に、めんたいと言う海の魚の事を、その姿形から、「なまず」と呼んでいた。

油ののった、おいしい秋のサンマなどは、外で焼くので

煙を気にする事もなく、近所中に、いい匂いを分けてやっていた。

ばあさん達は

「サンマは殿様の子に焼かせて、餅は乞食の子に焼かせろ」

と、よく言っていた。

サンマはドッシリと置いて焼き

餅は、ちょこちょこひっくり返すと、こげないからである。





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