JAST BECAUSE…
「私、もう行かなくちゃ」

 気が付けば喫茶店に入ってもう二時間近くが経っていた。
 時刻はもう夕飯時。

「そうだね、もう出よう」

 僕は彼女を促し、席を立った。

「ここは僕が出すよ」

 レジで財布を開きかけた彼女を制して僕は会計を済ませた。

「ホントに御馳走になっちゃって良いのかしら」

 彼女が申し訳なさそうに言う。
 僕は当然だとばかりに彼女に対し手を振って、供に駅へと向かった。




 彼女を送り、駅の改札を目の前にして、僕たちはしばらく無言で見つめ合った。

「じゃあ…」

「うん」

 何か言わなきゃと思うのに、上手い言葉が出てこない。

 頭に浮かぶのは、あの時伝えられなかった言葉。



「僕はキミが好きだったんだ」

 その言葉を聞いて彼女は嬉しそうににっこりと笑って、小さく「ありがとう…」と言った。

 でも何故か哀しげに響いたその言葉は、僕に届く前に目の前でふっ、と消えてしまう。


 そして彼女は微かな香りを残して改札の中へと吸い込まれて行った。





 僕の側にフローラルの香りだけを残して─。

     冬物語<了>
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