月下の踊り子




山口はそれを何度も経験している。


ようするにもう慣れてしまっているのだと思う。


だが、私は今まで囚人との付き合いなんてなかった。


今でも舞歌以外の囚人は一人たりとも名前を知らない。


囚人の判別は顔と囚人番号だけでやっている。


いくら自分が少しくらい変わったと自覚があったとしても別段、積極的に人の名前を憶える行為など考え付きもしない。



「なぁ羽鳥」

「何だ」

「辛いかもしれないけどさ、お前がそんなんじゃ舞歌ちゃん不安なまま明日を迎えちまうぜ」

「そんなに今の私は非道いか」

「ああ、自分じゃどれくらいかは分かり難いだろうが客観的に見た上で言わせてもらうと、いつも冷静沈着なお前が今は見る影もないほど情緒不安定過ぎる」

「そうか……」

「まぁ無理もないわな。今日は俺とお前で夜勤なんだし、最後の前日は舞歌ちゃんに悔いを残させない様に今、お前に出来る事を全部やれ」

「そうだな。今夜は私とお前で舞歌と沢山、話をしよう」

「馬鹿を言うなよ。そこに俺は必要ないだろ。今夜は見回りが始まったらもう朝まで帰ってこなくて良いからな」





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