月下の踊り子
芝の上に腰を落ち着かせて、煙草に火を点ける。
煙が真っ青な空に吸い込まれるように立ち上ってゆくのをただ漠然と眺めていた。
感傷などは起きない。
心にあるのは一つの疑問だけ。
こんな場所まで呼び出して何の用だろう。
サボりたかっただけなんて理由だったら一発殴るとしよう。
「で、場所を変えてまで私に何の用だ」
「いんや別に。ただ面倒くさかったからサボりにお前を付き合わせただけ」
よし。予定通り殴るとするか。
「あのさ、羽鳥って俺と舞歌ちゃんの出会いって知ってるっけ?」
山口の言葉で拳をグーにした状態で止まった。
「舞歌が昼飯食べてる時にお前がナンパしたんだろう」
「やっぱそれ以外は訊いてないのか」
「何だよ。他に何かあったのか?」
「いや、別にそれ以外は何もないよ。ただ俺は声を掛ける少し前から舞歌ちゃんを知ってた。一匹の猫を通じてな」
「猫?」
「ああ、お前は知らないだろうけど一時期、迷い猫だと思うんだけどこの庭によく一匹の猫が出入りしてたんだ」