月下の踊り子
重たい雰囲気。
普段は口八丁な山口も今は煙草を吸いながら虚空を眺めていた。
流石に耐え切れなくなったのか初めに口を開いたのは山口の方だった。
「なぁ羽鳥。俺達の仕事ってさ、どんな意義があるんだろう」
「体面は死刑囚の監督役。そして死刑執行人さ。でもな、正直、私もそれが大切な事なのか分からない。罪を犯した者が死でその罪を償えるものなのだろうか」
「償いなんて所詮は人間の自己満足に過ぎないと思うぜ。犯してしまった過去はどうやっても取り戻せない。罪自体は一生その人間に付きまとうんだ」
「そうだな。ならば、私達がしている仕事は罪ではないのだろうか。人が人を殺す。法で守られているとは言え、その定義は変わらない。本当に罰を受けるべきは私達ではないのか?」
「分かりきった事を聞くなよ。罰は人の為にあるんじゃない。罪の為にあるんだ。応報刑論ってやつさ。この世界に生きている限りこれは誰かがやらなければならない事だし。それに罪を犯さずに人間は生きていけない」
「ああ、悪い。愚問だった」
「……なんか、辛気臭くなっちまったな」
山口は煙草を灰皿に押し潰すと、椅子から立ち上がり「飲み物でも買ってくる。しばらく戻って来ないから時間になったら見回りに行けよ」と言ってその場を後にした。
残り三十分弱は独りの時間。
眉間に皺を寄せながらシャーペンを器用にクルクルと回す。
早く来て欲しいようで来て欲しくないその三十分は永遠のように感じられた。
電灯を手に取る。始まりにして終わりの時間。
開幕にして閉幕の舞台へ私は一歩その足を踏み入れた――。