放課後は、秘密の時間…
ファンデーションを薄く塗って、唇にはピンクのリップ。

教育実習中と同じナチュラルメイクをして、あたしが洗面所を出ると、


「?」


そこに、市川君の姿はなかった。


「市川君?……ねぇ、市川君?」


ついさっきまで、一緒にいたよね?

おはようのキスしたのは、ほんの数分前。

なのに、どこに行っちゃったの……?


あたしが今いるのは市川君の部屋なのに、市川君本人がいない。

それが、どうしてかすごく淋しく感じる。


「市川君……」


カーペットの上に、あたしがゆっくりとしゃがみこんだ時だった。

ガチャリとドアノブをまわす音が聞こえて、見上げると、不思議そうな表情をした市川君が立っていた。


「先生?どうしたの」

「市川君……」

「え?まさか……どっか具合でも悪いとか?」

「ううんっ、そうじゃなくて……」


言えないよ。

こんな一瞬でも、市川君がいなくて淋しかったなんて……


「?……ならいいけどさ。そうだ、先生。おなかすいてない?」


市川君が笑顔で、右手に持っていたビニール袋をあたしに見せた。

< 309 / 344 >

この作品をシェア

pagetop