放課後は、秘密の時間…
「動かないで、先生」


吐息みたいな声に、あたしはかすかに頷いた。


動けるはずもない。


市川君がとっさにあたしを引っ張って隠れたところは、美術室の掃除用具入れのロッカーの中。

そんなとこに無理やり入ったあたし達の身体は、さっきよりもずっと密着してる。


「ちょ、変なとこ触んないでよ」

「仕方ねぇだろ」

「ばか、動かないでよ」

「先生こそ」

「……ぁっ……」


そのとき、


カタンッ……


足元のモップが倒れて、ロッカーに当たって音を立てた――



……もう駄目だ……


高校生のとき、あんなに勉強して大学に合格したのに。

教育実習に行くために必要な授業の単位も、必死に頑張って取ってきたのに。


全部が水の泡になっちゃう。


大学は退学になるのかな。

奨学金まで借りて通ってたのに……


色んなことが、パーッと頭を駆け巡っていく。

それは多分、ほんの一瞬だったんだろうけど、あたしにはものすごく長い時間に感じられた。

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