傘恋愛 -カ サ レ ン ア イ-
「良い音楽だったよ、奏汰がサックスやり始めたのも親父の影響だと思うし」
「奏、もうサックスはやらないって言ってた」
「ああ・・・そっか」
少し残念そうに俯いたマスターに、あたしも黙って座り直した。
「あいつね、本当は音楽大好きなんだよ」
カチャン、とカップを棚に戻してマスターがそう言う。
「だけどあいつの、奏汰の親父が死んだ時、あいつライブやってて・・・死に目に会いに行けなかったんだ」
「・・・・」
「何よりも音楽が好きな人だったから、自分の息子のライブぐらい行ってやりたかったって、悔やんでた。・・・それからかな、奏汰は音楽に一切干渉しなくなっちゃった。」
知らなかった。
あたし、奏のこと、何も知らなかった。
「マスター、奏の演奏聞いたことある?」
「・・・凄く、良い音だよ」
マスターは笑ってた。
「いつか、あたしも聞けるかな」
聞こえない様に、小さくそう呟いた。