恋歌 〜secret love〜
『曇り空。でも、今日は雨が降ってないからまだマシだな。少し前の雨の日に、少しトラウマみたいなのができて……』
ケータイ越しに、小さく笑う音が聞こえる。
「あたしも、少し前の雨の日に、ちょっとトラウマみたいなのがあります」
手すりに沿って、どれくらい歩いたんだろう。
人がだいぶ減った辺りで、あたしは手すりに軽く座りながらケータイを持つ人影を見つけた。
黒いジャケットに、白いTシャツ。
少し色の落ちたジーンズ。
片手で手すりを握りながら下向き加減でケータイを耳に当てる姿は、本当に格好良くて……
周りの音がいっきに聞こえなくなって、どうでもよくなるくらいに
あたしの目には、その人しか見えなくなった。
『それは奇遇だな』
「奇遇ですね。……ここで会うのも、“奇遇”なんですかね?」
『え?』
ゆっくりと呼吸を整えながら、ゆっくりと足を進めた。
まっすぐ見詰めた横顔は、まだあたしに気付いてないみたいで……。
控室がうるさいと思ってるのかな?
そんな、どうでも良いことを少し考えた。
「右、見て下さい……」