《短編》切り取った世界
いつの間にか、眠っていたらしい。


机の上には、兄貴が置いて行った風邪薬の箱とミネラルウォーターが、

未開封のまま残されている。


薬を飲まないことが、何の反抗になると言うんだろう。


少しだけ冷静になった頭で、醜い自分を嘲け笑った。





『―――って言ったよねぇ?!
…カちゃん……んでよ?!』


「―――ッ!」


瞬間、体が固まってしまったみたいに動かなくなって。


言い争ってるのは多分、美緒と兄貴だろう。


なのに俺は、出ていくことも出来なくて。


打ち鳴らす心臓の音ばかりが世界を支配し、否が応にも神経が耳に集中してしまう。


ゴクリと生唾を飲み込みながら俺は、その声に聞き耳を立てた。



『それは、子供の頃の話だろ?!』


『お願いだから、行かないで!!』


美緒の叫び声と同時に、バタンッ!と力強くドアを閉める音が聞こえた。


微かに聞こえてくる、美緒のすすり泣くような声。


こんなの、息苦しくて堪らない。



美緒が兄貴を好きなことくらい、ずっと昔からわかってたんだ。


だから、傷つかないはずだったのに。


ただ、目を背けてただけだったのに。


今更突きつけられたって、悲しくなんてないはずなのに。


なのに気付いたら、体の力を支えきれないほどになっていた。


俺の家で繰り広げられる、俺抜きの会話。


俺の世界で繰り広げられる、兄貴と美緒の関係。


俺だって、当事者なはずなのに。


なのにいつも、そこに入れないんだから。



< 13 / 42 >

この作品をシェア

pagetop