《短編》切り取った世界
―ガチャ…

『―――ッ!』


気付いたら俺は、境界線であるドアを開け、あちらの世界に踏み込んでいた。


ハッとした美緒は、驚いたようにこちらを振り返って。


俺と目が合った瞬間、また逸らされた。


一瞬だけ見えたその大きな瞳からは、零れ落ちそうな涙が溜まっていて。


兄貴のために流す涙。


そのことに、胸が締め付けられた。



『…聞いて、た…?』


戸惑いがちに美緒は、それだけ聞いてきた。


未だに俺とは、目を合わせようとはしなくて。



「…いや、ごめん…」


どちらとも言えず俺は、それだけ呟いた。


何で俺が、謝らなきゃいけないんだろう。



『…タカちゃん、さぁ。
何で好きでもない女の人のところに行くのかなぁ?』


“弘樹もそうなの?”と美緒は、力ない笑顔を俺に向けてきた。


痛々しいほどの涙の痕を、直視することなんて出来なかった。


兄貴に他に女が居ることくらい、興味がなくたってすぐに気付く。


兄貴が美緒を女として見れないんなら、それは仕方のないことだ。


美緒が傷つく顔を見たくないから、俺は黙ってたけど。


本当は美緒は、知っていたんだな。


なのにそれでも、兄貴を諦めきれないんだな。


誰の気持ちも報われない、この三角関係。


だから俺は、兄貴が嫌いだった。


兄貴が居なきゃ、比べらることだってない。


兄貴が居なきゃ美緒は傷つかないし、

兄貴が居なきゃ、もしかしたら俺だけを見てくれるかもしれないのに。


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