《短編》切り取った世界
瞬間、俺は美緒を抱きしめた。


小さな肩がビクッと跳ね、戸惑うようにその瞳が見上げる。




「…兄貴なんか…どーせ無駄だよ…!」


『―――ッ!』


絞り出すように吐き出した。


何を言えば美緒は、俺の方を向いてくれるだろう。


何を言えば美緒は、俺だけを見てくれるだろう。



『…弘樹なんか…!
弘樹なんかあたしの気持ち、何も知らないくせに!!』


「―――ッ!」


俺を突き飛ばした美緒は、唇を噛み締めて部屋を出た。


一瞬にして消えた腕の中にあったはずの熱が、今は幻のように感じて。


どんなに手繰り寄せようとしても、美緒でさえも俺には届かなくて。


美緒だって、俺の気持ちなんか知らないくせに。



もぉ本当に、めちゃくちゃだった。


きっと俺の美緒への気持ちは、美緒が兄貴を想う気持ちには勝てない、って。


美緒の気持ちを知ってるからこそ俺は、自分の気持ちにブレーキを掛けてしまう。


そんな俺の気持ちが、兄貴を想う美緒になんか届くはずがないんだ。


そんなこと、ずっと前からわかっていたはずなのに。



美緒を抱き締めたのは、初めてだった。


ずっとずっと、隠し続けてきたのに。


本当は、奪い去ってしまいたかった。


だけど今さっき、美緒に拒絶されてしまったから。


俺の世界に居るはずなのに。


誰一人、俺の思い通りにはならなくて。


俺の心の中を、掻き乱すばかりするんだ。


その度に俺は、醜く黒くなっていく。

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