《短編》切り取った世界
“ねぇ、弘樹!
今年もチョコの毒見してよ!”



毎年毎年、バレンタイン前日に美緒は、出来たてのチョコを持って俺の元にやってくる。


そこら中の人間に配るみたいに大量に作ったそれの一粒を、仕方なく口に入れて。


“どうかなぁ?”と美緒は、俺の顔を覗き込んだ。



“うん、良いんじゃない?”


“ホントに?!
ありがとね、弘樹♪”



その喜んだ顔を見ることが、一年のうちで一番楽しみだった。


美緒の“一番”なら、何でも良かったんだ。



兄貴に渡すための、“毒見”。


そんなことに、何も気付けなかったから。


馬鹿みたいに口の中に残るチョコの味を、忘れないようにと味わっていたあの頃。




“兄貴なんか出来損ないのくせに!”



兄貴が転がり込んできて、ちょうど一年になった頃。


いつもの延長で俺が放った言葉にキレたのは、兄貴ではなく美緒だった。


バチン!と乾いた音が響いた次の瞬間には、“最低”と聞こえてきて。


その時、やっと気付いたんだ。


間違いなく美緒は、兄貴に惚れてる、って。


頬の痛みはそのまま、ダイレクトに心にまで浸食して。


息苦しくて、堪らなかった。


俺がどんなに何をしようと、美緒の心を占めているのはいつも、兄貴なんだ。


そんな残酷な現実が、ただ痛かった。



美緒のことを嫌いになれるなら、どんなに楽だろう。


情なのか、家族愛なのかもわからない。


美緒の存在が当たり前になりすぎて、もぉ俺の世界からは切り離せないんだ。


だったらいっそ、兄貴が消えてしまえば良いのに。



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