《短編》切り取った世界
こんなにも街中は人で溢れていると言うのに、誰ひとり、俺を見ようとはしない。


鳴らない携帯に、苛立ちばかりが募る。


友達の家を転々として、たまに女とホテルに入って。


結局俺は、あの頃から何も変わってなかったんだ。


いつの間にか梅は木々に蕾をつけ始め、気の早い春の訪れを感じさせて。


またひとつ、季節が巡る。


仕方なく買った新しいマフラーは、

何だか着心地の悪いセーターでも着ているような感覚で。


いつまで経っても俺に馴染むことはなかった。



この時期はほとんど行くことがなかった大学も、ついには春休みに突入して。


またひとつ、俺の居場所が失われていく。


結局、行く場所なんて他になくて。


足が向くのは、電車で5駅のところにある実家。



年末に帰ったから、懐かしさなんて微塵もないけど。


逃げ帰るなんて、どうかしてる。


この前よりは幾分温かくなった風が通り抜けて。


降り注ぐ日差しが、景色を穏やかなものへと変えていた。


静かな住宅街を、真っ直ぐに歩いて。



実家の前まで来て俺は、首をかしげた。


珍しく、両親揃って車がある。


何も聞かれたくないから会いたくなかっただけに、余計に気が重くなって。


だけどもぉ、ここまで来てしまったんだし、と。



―ガチャッ…

静かにドアを開けた。



「ただいま。」


奥の部屋から話し声は聞こえるはずなのに、誰からも返事はなくて。


気付いてないのかな?


そう思いながら、ゆっくりと廊下を歩いて。


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