《短編》切り取った世界
さよなら
あれからやっぱり、兄貴が俺の前に姿を見せることは一度としてなくて。


俺だけの時間を焼き増したような日々を繰り返す。


今ではもぉ、何が俺にとっての“当たり前”なのかもわかんなくなって。


広すぎる部屋に照らす西日は、いつの間にか少しずつあたたかみを増して。


それが余計に、俺の切なさを照らし出す。



毎日毎日、用事もないのに大学に行っては、ゼミの教授と経済学の論争を繰り返して。


本当は、こんなことをしたいんじゃないのに。


なのに俺には、状況を打破する力も、

何かを変えるほどの勇気さえも持ち合わせてはいないんだから。


いつの間にか、必死でレールから反れないようにとばかり生きてきた。


気付けば壊すことから逃げて、臆病になっていただけの自分。


そんな兄貴と正反対の自分が、本当に嫌になった。



自分だけの空間に帰ることを、いつから虚しいと感じるようになったんだろう。


帰れば兄貴と美緒が居て、いっつもみんなで痴話喧嘩して。


子供の頃から、それが俺にとっての“当たり前”だったのに。


少しずつ、ほんの少しずつだけど、街に新緑が増え始めて。


冬をさらうようにして風が吹き抜けた。




―ガチャッ…

「ただいま。
って、誰も居ないんだけど。」


いい加減、ヤバいくらいに増えた独り言に自らでため息を吐き出し、

脱ぎ散らかした靴をそのままにしてリビングへと足を進めた。



「―――ッ!」


その瞬間、目を見開いて足が止まってしまう。


朝まではなかったはずの段ボール箱とボストンバッグ。


それが、異質にリビングの中央にあって。


窓越しに佇む男の影が、少しだけ長くなった西日に照らされて部屋に伸びる。


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