《短編》切り取った世界
「今行かなきゃ、もしかしたらもぉ二度と―――」


『良いの!』


“良いのよ、もぉ”と。


絞り出した美緒の声は震えていた。



『…あたしは、両親にここまで育ててもらった恩返しをしなきゃいけないの…。』


「―――ッ!」



美緒が、兄貴に着いて行かないと言う“本当の理由”がそこにはあった。


きっと兄貴は、そんな美緒の気持ちを一番わかっていたんだろう。



「…ごめん、知ってた…」


『―――ッ!』


「…でも、俺の代になって…お前みたいなトロい社員なんかいらねぇよ…!」



ごめんな、美緒…


だから早く、兄貴のところに行けよ…!



「…あんなちっちゃい会社くらい、俺一人で十分なんだよ…!
美緒の代わりなんかいくらでも居るんだから…!」


瞬間、美緒は走り出した。


バタンとドアが閉まり、パタパタと足音がよく響く廊下に消える。


やっと美緒は、俺の心の中からも消えてくれたんだ。


崩れ落ちるようにして支えきれなくなった体を壁に預けた。


ポッカリと空いてしまった俺の中の兄貴と美緒のスペースは、

今更ながらにこんなに大きなものだったと知って。


込み上げてきた涙を堪えるようにして顔を覆った。


ほろ苦いばかりの味が俺の中を占める、冬の終わり。


“初恋は実らない”って言葉を思い出した。




< 40 / 42 >

この作品をシェア

pagetop