《短編》切り取った世界
切り取った世界
兄貴…


元気でやってるか?


きっと兄貴のことだから、どこに行ったって楽しく暮らしてるんだろうな。



俺は無事に大学3年に進級して、毎日毎日経済学を学んでるよ。


苦手だった経済循環論の講義も、あの頃の俺たちに置き換えて考えれば、

ちょっとだけ面白いもんなんだと思うようになってきてさ。


相互に助け合って、グルグル回ってるんだよ。







「美緒!
もーすぐMOS(※)の検定あるんだろ?
大丈夫なのかよ?」


『うぅ。
言わないでよ、弘樹!』


隣を歩く美緒は、泣きそうな顔でため息を混じらせた。


そんな美緒を見て俺は、ケラケラと笑う。




あの日美緒は、兄貴を追いかけた。


だけどその姿は、もぉどこにもなかったんだ。


ボストンバッグひとつと、段ボール箱ひとつを持って兄貴は、

この狭い日本から羽ばたいた。



“元気でな!”


代わりに残されていたのは、兄貴の撮った写真と、その裏に書かれていたメッセージ。


結局兄貴は、美緒に気持ちを伝えなかった。


美緒は美緒で、

“最後に会ったら引き止めてしまいそうだったから”と。


あの日を振り返っては、いつも決まってそんな風に言う。



美緒と俺の関係なんて、別に何が変わったわけでもなくて。


やっぱりちょっと“特別”な、実らなかった初恋の女。


仲の良い従兄妹に戻るには、ちょっと時間が掛っちゃったけどさ。


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