精霊達の棲家
その夫人は卓越した才能で、戦後混乱期「食」に精一杯で「衣」への関心すら乏しい時期に、戦時服と舶来のコラボレーションを提案、服飾界に一世を風靡した夫人(ひと)でもある。

親父との銭湯の帰り、いつもの様に瓶入りのコーヒー牛乳を飲み、帰り道いつもの様に屋台の夜泣きうどんを喰らった。
その日親父は「用がある」と言ってそこで別れた。
我が家から1km弱の距離である、7歳の少年が何度か一人で通った夜道、迷う筈はない。
処がその夜は少し様子が違った。
3月春とはいえ夜風は冷たい。
街灯の裸電球が時折消えかけ、北風が吹き抜ける度にひしゃげた笠が風に揺れカラカラと音を立てる。
妙に心細く畏怖に似た不安感が忍び寄る。
夜7時過ぎにも拘わらず人影はない。
神社の戦禍を逃れた楠の大木が風に揺れ、ザワザワと騒ぐ。
腐りかけ少し傾きかけている電柱が、薄暗い街灯の影になり背中に凭れかかって来る。  
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