宵の花-宗久シリーズ小咄-
それは、ある夏の出来事だ。






彼岸も近い、夏の夕暮れ。




母は隣組の会合とやらで出掛け、妻は子供を連れ友人宅へと行き……。








一体、僕の夕飯は、誰が用意してくれるのだろうか。



そんな一抹の不安を感じつつ、僕はぼんやりと縁側から庭を眺めていた。








庭の向こう、杉林、連なる木々の上には、夏特有の炎の様な真っ赤夕焼けが、まるで青空を追い立てるかの様に、空へと駆け上がっていた。



日中の蒸し暑い熱気が、涼しい風に姿を変え、僕の頬を撫でていく。










何だかいい気分だ。


たまには、一人も悪くないな。







散歩にでも出てみようか。



冷えかけていく空気を感じながら、一人、のんびり歩くのもいいだろう。







思いつき、腰を上げた僕の耳に、女性の声が届いた。






「……あの」






浮かせかけた腰を止め、再び庭へと視線を移す。





今、声が聞こえた。




呟く様な…風にさえ乗って掻き消えてしまいそうな、遠慮がちな細い声。






「あの……このお宅のご主人でごさいますか?」



.
< 1 / 14 >

この作品をシェア

pagetop