好きな人は、
もう離さない離れない
「何してんだよ。」
辺りが暗くなって、気温が急降下してから数時間。
待ち初めてから、8時間。
つまり、23時すぎ。
寒さに全身を震わせながら俯いていると、前方から声がした。
思わず立ち上がり顔をあげると、鞄を小脇に抱えたグレーのスーツ姿の奏。
会社の中の電気も全部消えていて、電灯だけがあたしと彼を照らした。
「…何してんの。」
奏は、もう一度聞く。
………あたしの口は、動かない。
厳密に言えば、動けない。
彼は小さく息を吐くと、何もないの?とまた聞いた。
「…帰れよ、俺もう用無しなんだろ。」
あまり耳にしたことの無い、冷めた少しきつい言い方。
そんなこと言わないで。
言いたくても、今のあたしにワガママを言う資格はない。
奏の言葉に、思わずまた涙が溢れた。
また泣くのか、あたし。
泣くために来たんじゃないでしょ。
「……帰れ。」
二度目のそれに、首を横にブンブン振った。
絶対帰らない。帰れなんて言わないで。
そんな想いを込めて。