好きな人は、
xとかyとか三角形とか、やたら長い英文とか漢字だらけの文章とか。
目が回るような問題の数々に止まっていた手とシャーペンに気が付いたのは、机に顔面をぶつけた後だった。
………やばい、寝てた。
窓の向こうを見ると、広がる夜空と楕円の月。
時計を見ると、短針が指すのは7と8の間。
血の気がサーッとひくのが分かる。
手元には、まだまだ綺麗なままのプリントたち。
とりあえず今、遠くに行きたいです。
「…………あれ、なつこちゃん?」
頭の中で"絶望"の二文字だけが連呼する中、背後から自分の名前を呼ぶ声がした。
振り返るとそこには野球部のユニフォーム姿の幼なじみ。
「潤くん、部活おつかれさまー。」
「ありがとう、なつこちゃん何してんの?もうすぐ8時だよ。」
うぐ。
居残りです、なんてサラッとは言えず、あたしはとりあえずプリントを自分の体で隠した。
そんな努力もお構い無しに、机の上を仔犬のような目で覗き込みながら近づいてくる潤くん。かわいいなあほんと。……ってちがう。
何それ?と小首を傾げる彼に動揺してか、後ろ手に隠していたプリントがバサバサと床に落ちた。
それを拾われ思わず口から溜め息が漏れる。
「時間外補習…あれ、なつこちゃんもしかして居残り?」
「…うん、あんまり口に出さないで欲しいな……」
「え…、あ、ごめん!」
どうしよう、本気で慌ててる姿がかわいい。つい笑ってしまったあたしに、潤くんは拾い集めたプリントを手渡してくれた。
「なつこちゃん、俺も手伝うからはやく終わらそう。」
「え、ほんと?」
「うん、それで一緒に帰ろ。着替えてくるからちょっと待ってて、5分、いや3分!」
「大丈夫だよ、そんなに急がなくて。」
部室に向かってダッシュする潤くんにヒラヒラと手を振りながら、あたしは心の中で小さくガッツポーズした。