好きな人は、
時間よ5秒だけ止まれ
少しイライラしながら人気の無い夕日の差し込む校舎を歩いていると、わたしのクラスにだけ人の姿。
長い髪をシュシュで束ね、机に向かって教科書片手にペンを走らせている彼女の名前を、わたしは知っていた。
沢村なつこさん。
彼女の名前が先週終わった中間テストの順位表に載っていたことは、記憶に新しい。
春までは、いつも先生に『赤点、赤点』といびられていたのに急激に成績が伸びたから印象に残ってる。
放課後勉強してたのか。偉いなぁ。
ついでに言えば、春に野球部のエースの幼なじみと付き合い始めたという噂も、たまに女子の会話を盗み聞きするわたしの耳には入っている。
いいなぁ、人生順調だなぁ。
気が付くと彼女の後ろ姿をジッと眺めていて、ふと振り返った沢村さんと目が合う。
「あれ、池内さん残ってたの?」
……久しぶりに、家族と三木先輩以外の人に名前を呼ばれた。
「…え、あ、うん!ちょっと用があって………さ、沢村さん勉強してたんだねっ…」
その感覚は少しの間忘れていたものだったから、心が踊って口ごもる。
あたふたしてしまったわたしに、沢村さんは一度キョトンとした後優しい笑顔を向けた。
「うん、人待ってる間だけだけどね」
「…彼氏?」
「はは…うん。」
はにかんで、俯き加減に幸せそうな顔をする彼女。
羨ましくて、息が漏れる。