失恋オブリガード
「………わ、やばい!行かなきゃ…っ」
時計を見れば、いつもは既に家を出ているその時間。
食べかけの食事をそのままに、私は上着を羽織って玄関に走った。
「じゃあ、いってきます」
言いながらヒールを履いて、ドアノブに手をかけると
「待って」
大きな手で、右肩を掴まれ。
まただ、と思わず目を逸らした。
「今日は、何時に帰れそう?」
その質問が、私は怖い。
だって言えないから、帰れないかもしれないなんて。
君の笑顔が、困ったような表情に変わるとこなんて見たくない。
だからいつものように
「20時には帰れると思う」
何の根拠もない嘘を吐く。
それは、私の"曖昧な言葉"。
「はいはい」
そして君はいつものように、私の言葉を全て笑顔で受け入れるんだ。
本当はいつも思ってるんでしょう。
私の言葉は、その場しのぎの嘘だと。
分かってるでしょう。
「いってらっしゃい、気を付けて」
暖かい君に、心の中で「ごめんね」なんて言いながら
素早く背中を向けた。